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鮒寿司 通信

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鮒寿司 通信 No.10

 日本人は何事も3つにわけるのが
すきなようで・・
日本三大〇〇というのがたくさん存在します。
 
そのなかのひとつ、日本三大商人には
〇近江商人(滋賀)
〇大阪商人(大阪)
〇伊勢商人(三重)
があげられます。
 
われらが鮒寿司発祥の地、
近江商人の優れた経営哲学は有名で
ご存じの方も多いはず。
 
「三方よし」 
- 売り手よし。買い手よし。世間よし。-
 
売り手が満足し、買い手が満足する。
 
それだけではたりない。
 
社会に貢献できてこそ、よい商売といえる。
 
といったもの。
 
大きく広い視野を持っていなければ
社会全体を見渡すことはできません。
 
商人一人一人が社会を意識して商売する。
 
それこそが豊かな国を産むのです。
 
近江商人が三大商人に選ばれる
理由がわかります。
 
多くの人を満足させる商売ができてこそ、
自らも成功を得ることができるでしょうから。
 
 
では、まことに勝手ながら
鮒寿司の三方よしを考えました。
 
- 味よし。栄養よし。インパクトよし -
 
まずはじめ、やっぱり旨いっ!
 
くせになる酸味と噛めば噛むほど
じんわりと出てくる深み。
 
一度食べたら病みつきになる人が
続出するのはうなずけます。
 
次に、栄養の塊であること!
 
乳酸菌、カルシウム、ビタミンB1、
ミネラルの豊富さは群を抜いています。
 
健康にはもちろん美容にも
効果を発揮する優れもの。
 
そして、出会ったら最後忘れることの
できないインパクトの強さ。
 
好きな人はもちろん、苦手と思ってしまう人、
それぞれに残す強烈な印象は
鮒寿司の持つ大きな特徴です。
 
 
近江商人の大きな特徴、
それは一介の商人から一代で巨万の富を得、
更に人格者として讃えられること。
 
人も食べ物も「信頼」が何より大切。
 
三方よしの近江商人が間違いなしと
勧めたであろう鮒寿司は、今も威風堂々、
近江を代表する名産品です。
 
皆様が考える鮒寿司三方よしはなんでしょう?
 
鮒寿司を召し上がりながら考えてみてください。
 
                 by増茂 紀子

2020-08-11 08:38:45

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鮒寿司 通信 No.9

 
戦国時代と幕末は
日本史のどの時代が好きですか?
 
ランキングではツートップでは
ないでしょうか。
 
どちらも、時代の狭間。
 
世の中が大きく変わろうとしている
うねりの時代です。
 
 
歴史小説もこのツートップ時代を
舞台にしたものが多いように思います。
 
国を想い、私情を畳む。
 
小説に登場する主人公の熱く切ない想いに
寄り添い涙する歴史ファンは多いはず。
 
読み終えたあとの半端ない胸の高鳴りと
自分まで偉業を成し遂げたかのような達成感、
何度でも読み返したくなりますよね。
 
 
歴史ファンにとって歴史小説はバイブルです。
 
そのバイブルのひとつとして
今も人気を博しているのが、
司馬遼太郎先生の代表作「燃えよ剣」。
 
この作品が初の時代物小説だったという方も
たくさんいらっしゃると思います。
 
ここから歴史ファン歴が始まったという方も。
 
幕末の志士集団、新選組。
 
鬼の副長と身内からも敵からも恐れられた
土方歳三を主人公に彼の最期までを描いた
長編小説です。
 
このベストセラーの作中に
とても重要な役割として「鮒寿司」が
登場しているのはご存じですか?
 
「燃えよ剣」をお持ちの方は
ぜひ、読み返してみてください。
 
読んだことない方のために、少しだけそのシーンをご紹介しましょう。
 
 
 
長州との戦い、
新選組も幕府の守備についていた。
 
しかし、新選組が守備をしている場所へ
敵はあらわれない。
 
土方は疲れを見せていた味方の状況を
知りながらも即刻敵のいる場所へ
向かおうと進言する。
 
そこへ黒い箱を抱えた沖田総司が登場する。
 
箱に入っていたのは「鮒寿司」。
 
土方へ「好きでしょう?食べてください。」と
差し出すが、土方は「今はいらない。
皆にわけろ」という。
 
沖田は「誰もいりませんよ。これを
食べられるのは土方さんくらいです」と
土方へ押し付ける・・
 
 
 
鮒寿司を使った比喩表現で
沖田の気持ちを代弁させています。
 
鮒寿司好きにはその使い方はちょっと、と
思うかもしれませんが、
そこはベストセラー作家に選ばれたと思い
堪えてください。
 
鮒寿司の強烈な個性あっての
抜擢なのですから。
 
 
時代は進み、鮒寿司は
ずいぶんマイルドになっています。
 
今なら戦のあとの
必須食品になっているかもですね。
 
それだと、名作が変わってしまう?!
 
鮒寿司ファンの方、燃えよ剣、必見ですよ。


by増茂 紀子

 

2020-07-28 07:53:05

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鮒寿司 通信 No.8

 
地球が誕生して46億年。
 
生まれたばかりの地球はマグマの世界でした。
 
あちこちで火山の爆発があり
どろどろの灼熱地獄です。
 
それが長い年月をかけて冷えてきて、
約40億年前に地球上初の生命体が誕生します。
 
まだ100度以上ある地球でしたが、
その生命体は環境に適応し、
命を誕生させたのです。
 
 
地球最初の生命体、
彼らは「微生物」と呼ばれます。
 
彼らは長い年月を経て進化をしていきます。
 
そして、光合成をおこなう微生物が誕生し、
有機物を作り出すもととなり始めます。
 
その後、長い長い時間をかけ、
微生物の働きによって地球の大気は
誕生時からは考えられないほど
劇的な変化をとげることとなるのです。
 
大気中に酸素ができ、約10億年前に
動物や植物のもととなる多細胞生物が誕生します。
 
それまでの間、微生物は地球上を
支配していたと言っていいかもしれません。
 
 
普段見ることなど無い微生物ですが、
その力は太古から現代に続くいまも
影響をおよぼしています。
 
鮒寿司をはじめとする納豆、ヨーグルトなどの
発酵食品は微生物の働きで作られます。
 
土を肥やすのも、水の汚れを分解するのも
微生物の力が必要です。
 
たまには病気のもとになりもしますが、
私たちにとってなくてはならない存在である
ことに違いありません。
 
 
私たちはいま、除菌に神経質になりがちです。
 
けれど、無菌は強力な副作用を持っています。
 
人類は微生物に助けられ、
今も力を借りて生きています。
 
むやみやたらに怖がらず、正しく付き合って
いってもらいたいと思うのです。
 
鮒寿司の乳酸菌、納豆の納豆菌、味噌の麹菌、
みんなおいしくてしかも体にいいものばかり。
 
発酵食品は善玉菌の乳酸菌が多く含まれていて
悪玉菌が繁殖しにくい、優れた食品です。
 
 
灼熱の地球を制し誕生した微生物。
 
その力を利用し出来上がる
鮒寿司などの発酵食品。
 
体にみなぎるパワーを与えてくれる理由が
わかるような気がしませんか。
 
 
ちなみに、至誠庵は石山寺のそばにありますが、
その石山寺には硅灰石(けいかいせき)と
呼ばれる天然記念物の火山岩がそびえております。
 
見た方はご存じだと思いますが、圧巻の存在感。
 
地球誕生のロマンを感じていただけること
間違いなしです。
 
まだ見たことのない方はもちろん、
二回目でも三回目でも何回でも、
地球の凄みを体感してもらいたい。
 
そして、お帰りの際には、力みなぎる鮒寿司を
ご賞味いただければ幸いです。
 
by増茂 紀子

ある年の紅葉の時期。硅灰石の周りも、華やかになります。

2020-07-14 09:16:01

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鮒寿司 通信 No.7

「蜷川親元(にながわちかもと)日記」と
呼ばれる文献をご存じでしょうか。
 
 
蜷川親元とは、室町時代の官僚。
 
政所執事代(まんどころしつじだい)を
代々務めていた家柄の武士です。
 
政所とは簡単にいうと幕府の
政務、財政を扱う機関。
 
そしてこの蜷川家の当主は
代々「新右衛門尉(しんえもんのじょう)」
を名乗っていました。
 
通称「新右衛門(しんえもん)」と言います。
 
ここまでくれば皆さんご存じの
「新右衛門さん」が浮かんできたはず。
 
あの有名なアニメに登場する新右衛門さんは
この親元の父親、親当(ちかとう)だと
言われています。
 
 
さて、この親元は性格からなのか、
仕事柄なのか、とにかくきちんと
日記をつけておりました。
 
その内容の多くは「誰から、いつ、
何をもらったか。」についてで、
今では当時の食文化や慣習が読みとれる
一級資料となっています。
 
日記に登場するいただきもので
一番多いのは「お寿司」。
 
60回登場の堂々一位です。
 
例えば、寛正6年(1465年)7月には
7日と8日にお寿司をもらっています。
 
7日は土岐家から「あゆ寿司」を。
 
8日は斎藤家から「鮒寿司」を。
 
 
ちなみに土岐家とは美濃の国の守護を
務めていた家。
 
斎藤家とは同じく美濃の国の守護代。
 
少し前までの大河ドラマ美濃編で、
でてきておりましたね。
 
さて、栄えあるいただきもの
ナンバー1お寿司は何だったのでしょう!
 
そうです。
われらが「鮒寿司」でした!!
 
日記登場回数32回。
 
次いで「あゆ寿司」15回。
 
あとはコイ、アメノウオ、タイやイワシも。
 
 
室町時代から寿司は高級品であり、
贈答品としても活躍していたことがわかります。
 
その中でも「鮒寿司」はやはり滋養強壮や
保存食としての優位性もあり、
人気の一品だったのではないでしょうか。
 
あの「新右衛門さん」も将軍様と、
とんち小僧さんと食べていたんじゃないかと
想像しちゃいます。
 
 
天皇家や将軍家の食卓というと、なんだか
遠い気もしますが、「新右衛門さん」まで
来ると、一気に親しみが湧いてきませんか?
 
次に鮒寿司を召し上がるときは、
とんち話を肴にしてみるのをおすすめします。
 
クイズじゃなく、とんちですよ!
 
by 増茂 紀子
 
 

2020-06-30 09:32:47

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鮒寿司 通信 No.6

人は道具を使い「知恵」を出し合い
繁栄してきました。
 
「知恵」とは「アイデア」です。
 
次々と出る奇想天外なアイデアを活用し、
今日ではさまざまな商品が生まれています。
 
その中には鮒寿司を扱った
魅力的な商品もたくさんあります!
 
そのいくつかをご紹介。
 
・鮒寿司パイ、鮒寿司キャラメル、
鮒寿司ポテトチップス、鮒寿司おかき、
鮒寿司サンドイッチ、鮒寿司ラスク 
 
・鮒寿司の「飯(いい)」を使った鮒寿司
パウダー、同じく「飯」を使ったカルピス・・・
 
お菓子に軽食、調味料にドリンクまで
そうそうたるラインナップです!
 
鮒寿司の七変化!
 
またどれもビジュアルが素敵で、
間違いなく映えちゃいます。
さまざまな食品とコラボする、鮒寿司・・・
 
それは、鮒寿司のおいしさを多くの皆様に
理解し、認知していただきたい。
 
そう願う鮒寿司への愛情深い方々の
思いからです。
 
 
鮒寿司は「臭い(におい)」のイメージが
先行してしまい、経験もないのに無理だと
思っているもったいない人が多いのが実情。
 
何事も思い込みで遠ざけてしまう
というのは非常にもったいないとは
思いませんか?
 
振り返れば平安初期、考え出され
作り出された「なれすし」を
最初に食べた人はどのように
感じたのでしょうか。
 
「なにこれ!うまっ!」となり、食べた後、
体がほかほかしてくるのを感じたでしょう。
 
次の日には昨日より力が湧いていることも
実感したのではないでしょうか。
 
そしてお通じがよくなり
身体が軽くなったことでしょう。
 
食べ続けるとお肌の調子もよくなっている
ことにも気がついたでしょう。
 
こうやって体にとってメリットを感じた
からこそ、1000年の時を経てもなお
今も鮒寿司は現役なのです。
 
 
鮒寿司未経験者のかたにこそ、
上記のコラボ商品を召し上がって
いただきたい。
 
きっと、本当の鮒寿司へ
興味を抱いていただけるはず。
 
鮒寿司は時代とともに親しみやすく、
食べやすくなっています。
 
なにせ初期の頃は天皇家の食卓にしか
なかったものですから。
 
それがいまでは誰でも
食べられるようになりました。
 
鮒寿司ポテチをほおばって、
飯(いい)カルピスを飲んだら、
夕飯は鮒寿司のお茶漬けでしめましょう。
 
明日が絶好調になること間違いなし!?
by増茂 紀子

2020-06-16 08:38:27

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鮒寿司 通信 No.5

「インターネット」は革命といっていい!
 
昭和生まれの方には共感していただける
のではないででしょうか。
 
この便利この上ないツールのおかげで、
私たちはほぼなんでも、わからないことを
「ぐぐる」だけで「知れる」ように
なりました。
 
先日インターネットでこんな記事を
見つけました。
 
「日本発酵地図」。
 
そこに書いてあったことを抜粋します。
 
 
 
「現状発見されているなかで、
日本で発酵食品が作られた最古の記録は、
奈良時代の木簡に残る「瓜の塩漬け」。
 
しかし、味噌や醤油の起源となった「醤(ひしお)」、
穀類や木の実などを口に入れて噛んだものを
発酵させた「口噛み酒」、塩漬けにした魚を
発酵させた「なれずし」といった発酵食品は、
縄文時代後期〜弥生時代には作られていたとされる。
 
飛鳥時代の終わりに制定された『大宝律令』には
醤を扱う「主醤」という官職名が登場し、
奈良時代には麹菌を用いた発酵技術が
広まっていった。
 
平安時代には醤や種麹を製造・販売する者が
いたことも分かっている。」
 
 
 
ここにある「なれすし」とは古来型の鮒寿司と
理解してよいのだと思います。
 
このホームページ大変わかりやすいレイアウトで
表示されており、見やすくとても勉強になりました。
 
日本全国の発酵食品を一覧にしていたりと
面白いです。
 
このブログをご覧いただいている皆様は
きっと発酵食品がお好きなはず。
 
興味がわいた方はぜひ、
日本発酵地図を「ぐぐって」ください。
 
 
添加物というおいしく感じる魔法のような物質が
発明され、「食」はとても多様化しています。
 
新しいおしゃれな食べ物がどんどん押し寄せてくる。
 
そんな中でも「鮒寿司」を始めとする
発酵食品たちの確固たる地位は揺らぎません。
 
それはやはり人々が求めることが
昔も今も変わらないからだと思います。
 
「健やかでありたい」。
 
これに尽きるのではないでしょうか。
 
派手さで勝てなくても、中身は決して負けない!
 
 
日本発酵地図では各地方を代表する発酵食品が
掲載されています。
 
地元から遠い地域の発酵食品でも
便利なインターネットで申し込めば、
配達可能なものもあります。
 
ぜひ探してみてください。
 
毎週、どこかの名産発酵食品を試してみるなんて
言うのも楽しいかもしれませんね。
by増茂 紀子
    
 
 

2020-06-02 08:27:58

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鮒寿司 通信 No.4

2020年話題の地域といえば、
ここ近江の国、滋賀県。
 
『滋賀県といえば何を思い浮かべますか?』と
質問すればほぼ間違いなく
「琵琶湖」と返答が来ます。
 
日本一大きな湖「琵琶湖」を有する滋賀県には
日本で唯一と言われる島がぽっかり浮かんでいます。
 
その名は「沖島」。
 
何が唯一なのか?
淡水湖に浮かぶ有人島として唯一なのです。
 
ほかの地域にも淡水湖に浮かぶ有人島はあるのですが、
どの島も架橋されていて本州とつながっています。
 
ただひとつぽっかりと浮かんでいる島は
「沖島」だけなのです。
 
この沖島、歴史好きには大変興味深い島。
 
この島にある姓はほぼ7つ。
 
伝えによると、保元の乱(1156年)、
平治の乱(1159年)の頃、源氏の落人が
ここへたどり着き住み着いたのが始まりだとか。
 
現在の沖島の人口は約400人。
 
島民のみなさんの祖先は源氏へとつながって
いるなんて沖島は歴史ロマンの宝庫です!
 
 
孤島である沖島では、昔から島民同士で
助け合い、支えあい、知恵と工夫で
孤島ならではの困難をのりきってきたといいます。
 
その知恵と工夫のひとつが今も沖島名物と
なっている「鮒寿司」です。
 
保存食としても優秀で、栄養素満点の「鮒寿司」が
沖島の人たちの健康を守る一役を担っていました。
 
ここ沖島では今でも各家庭ごとの
「鮒寿司」が作られているとか。
 
移動手段が船だけというこの島で、源氏のロマンに
ふれ、沖島の風を感じながら食べる「鮒寿司」は
きっと一味違うはず。
 
 
「鮒寿司」は、海を持たない滋賀の人々の
知恵と工夫の傑作です。
 
無いものを嘆くのではなく、
有るものを持って工夫する。
 
人々が支えあい協力しあったときに
すぐれたものは出来上がります。
 
今改めて助け合うことの大切さを
「鮒寿司」の歴史が教えてくれている気がします。
 

by増茂 紀子   

2020-05-19 11:42:51

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鮒寿司 通信 No.3

今から9年前の2011年、
新作狂言「鮒ずしの憂うつ」という作品が
日野公演でお披露目されました。
 
再演がすぐ決まるほどの大人気作品。
 
2013年には続編もできました。
 
ご覧になられた方もおられることと思いますが、
まだ見ていない!という方のために
さらっとだけあらすじをご紹介。
 
 
テーマは「近江の国」。
 
同じ滋賀県名物なのに、『近江牛』から
いつもばかにされている『鮒ずし』。
 
なぜこんなに嫌われてしまう臭いを放って
しまうのかと思い悩み、同じ悩みを抱える
『ひきわり納豆』や『くさやの干物』とともに、
『近江牛』を負かすための作戦を練るが・・・
といったストーリー。
 
 
抱腹絶倒間違いなしのとても楽しい公演。
 
2020年の今年も上演される予定でしたが、
世界規模の災難のため、止む無く中止となりました。
 
 
不要不急の外出は控えようとの外出自粛に
ともない、街はひっそりしています。
 
けれど、たとえ外にでなくても、
私たちは日々「食べること」を
やめるわけにはいきません。
 
「食べること」は命を育むこと。
 
こんなときだからこそ、身体作りが
何より大切ではないかと思うのです。
 
発酵食品である鮒寿司は「滋養強壮」に
すぐれた食品であることは周知のとおり。
 
毎日!とはいかないまでも、週に一度でも
「鮒寿司の日」をもうけ、ご自宅でゆっくり、
お好きなお酒と一緒に楽しむのもおすすめです。
 
「身体のケア」と「美味しさ」を同時に
味わって「憂うつな時」を乗り切りましょう!!
 
「憂うつな時」を乗り越え、今度は新作狂言
「鮒ずしの憂うつ」で思いっきり笑って、
そのあとは琵琶湖を眺めながら「鮒寿司」を食べたい。
 
それまでは、身体のケアを一番に。
 
みんなで笑いあうために、
今は笑う準備をしっかり整えておきたい、
そう思うのです。
 
    by増茂紀子    
 

2020-05-05 13:05:14

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鮒寿司 通信 No.2


 琵琶湖畔の桜並木が美しい季節。琵琶湖ではニコロブナの漁が最盛期を迎えます。
昔々から変わらぬ風景。海を持たぬ近江の人々にとって魚のたんぱく源は貴重でした。
長期保存を目的として考え出された「ふな寿司」は保存だけでなく、栄養素にも恵まれる
という恩恵を人々に与えてくれました。


 この美しい季節、近江の人々の「食」を支えてくれた「ふな寿司」に古来の想いを馳せ
執り行われる祭りがあります。
 毎年、5月5日に守山市幸津川町で開催される「すし切り祭」。
 若者が古式に従い、まな板にのった「ふな寿司」を「ふな寿司」に手をふれずに切り
分けるといった伝統儀式です。切り分けるのは3尾。
 1尾目は神饌として。2尾目は神職へ、3尾目は神輿番へふるまわれます。


 日本書紀によると、崇神天皇の子である豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)は東国を
治めるために旅にでます。その途中、この地に立ち寄り休憩をなされていた際、村人が
「ふな寿司」を献上しました。 豊城入彦命は大変喜ばれたといいます。そのときから始
まったとされるのがこの「すし切り祭」です。
 昔は女人禁制の厳格なお祭りだったそうですが、時代に合わせ今では女子の参加も
認められ、地元の人々の大切なお祭りとして受け継がれています。
 「伝統を守りつつも時代や生活スタイルに合わせ変化すべきところはする」といった柔
軟さが、ひとつのことを継続していくために大切なことなのだと思います。


 ふな寿司を召し上がったあと、琵琶湖を丸太で作った筏で渡り、湖賊も退治されたという
豊城入彦命は、現在滋賀県守山市「下新川神社」の御祭神として、また水を司る神様として
お祀りされています。
 神様にも愛された「ふな寿司」を食べ、体中に力をみなぎらせてもらいたい。
 そして、現在のさまざまな困難をのりきっていきたいと願うばかりです。

by増茂紀子   

2020-04-21 13:00:25

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鮒寿司 通信 No.1


 「延喜式」とは平安初期以来、宮中における
年中行事や制度などを集大成した事務規定である。

むつかしく書いてありますが、少々乱暴に解釈すると、
宮中の規律・規範をまとめて書かれたもの。

 醍醐天皇の時代に編纂されたということなので、
718年ごろ。その「延喜式」にでてくるのです。

「鮒寿司」という文字が。

 平安時代には醍醐天皇のような高貴な身分の者が、
しかも特別な行事のときだけ食べていた「鮒寿司」。

古来より栄養素の高い食品として珍重されていました。



 さて、この「鮒寿司」にまつわる有名人といえば、
今注目の明智光秀。

織田信長が安土城に徳川家康を招く際の
接待役・饗応役として選ばれたのが光秀。

光秀は家康一行安土到着の5/15から5/17までの
3日間、食事のもてなしをするよう命じられていました。

生真面目な光秀は誠心誠意込めて
もてなしのための献立選びをしたようで、
約60品が記された「天正10年安土御献立」として
いまもその記録が残っています。

「鮒寿司」が供されたのは記録によると家康到着の日。
到着したすぐの昼のメニューに載っています。
旅を終えた家康一向にまずは疲れを癒してもらおうと
精の付く食材を多く使っているように思えます。



  「鮒寿司」は当時から食べると力が沸く食材として
近江では貴重な一品でした。

しかし、光秀は最終日5/17の接待役をおろされてしまいます。

光秀のおもてなしの想いが信長の望んだことと
違ったのか・・真偽のほどはわかりません。

ただ、光秀は「鮒寿司」を近江を代表する料理で
あると自信を持っていたと思うのです。

古来より大事な時に出す料理だと知っていたのだと思います。

だからこそ、家康到着の一番最初に出すメニューに
選んだのではないかと。



光秀が愛した「鮒寿司」は長い時を経て
現代にまで脈々と受け継がれています。

近江を訪れた武将達も食したであろう「鮒寿司」。

戦国絵巻を感じながら召し上がっていただくのも
また、オツなものです。
     
  by増茂紀子   

2020-04-07 12:37:11

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